2011年10月12日水曜日

「スティーヴ・ジョブズ氏は素晴らしい。スタンディング・オベーションで応える聴衆も、素晴らしい。」ことについての連続ツイート

すす(1)森の中で魅力的な花に出会ったとき、私たちはまずは花の美しさを讃え、それから花を育んだ森の生態系へと思いをはせる。スティーヴ・ジョブズ氏はすばらしい人だったが、そのスティーヴを育んだ、アメリカのカリフォルニアの風土も、また忘れてはなるまい。

すす(2)1984年、スティーヴ・ジョブズが初代マッキントッシュを披露した時(http://bit.ly/ozYx7V)、聴衆がいかに素直に、その素晴らしさに反応しているか。最後はスタンディング・オベーションで讃えるその熱狂。その気持ちが、「慈雨」となって、人を育てる。

すす(3)肩書きや組織とか、すでに定まった評価とか、そういうものではなく、自分の感性を信じること。それを素直に表現すること。そのような文化がある から、ガレージの裏でコンピュータを作った若者が、大きな夢を実現できる。スティーヴも素晴らしいが、聴衆も素晴らしい。

すす(4)時は流れ、スティーヴ・ジョブズが、iPhoneを発表する。熱気を帯びた聴衆。ジョブズ氏のプレゼンは有名だが、この発表でも、ある仕掛けをする(http://bit.ly/oarMiW )。それに対する聴衆の素直な反応。その反射神経のしなやかさが素晴らしい。

すす(5)同じくカリフォルニアで行われているTEDもそうだが、良いものには熱狂的に反応し、それほどでもないものには儀礼的に拍手を送る。そのダイナ ミック・レンジがあるからこそ、社会の流動性が生まれる。そのためには、常に、自分の中で、感性を磨いていなければならない。

すす(6)ジャングルの中を独り歩く、しなやかなジャガーであること。良いものがあったら、わーっと心も身体も動く。そんな人たちがいる社会だから、若者が良質の夢を描き、それを説得力のある形で示したら、実績があろうが、肩書きがあろうが関係なく、資源が支援される。

すす(7)社会は楽器である。一つの共鳴装置である。それがしなやかであれば、企業家という演奏家も、自由に音楽を奏でることができる。スティーヴ・ジョブズ氏の素晴らしさを見つめるとともに、それを育んだ環境は何かということも、考えてみなければなるまい。

すす(8)失敗に対する許容も、見逃せない文化である。シリコンバレーで聞いた話。ある人が、ベンチャーを三度起こして、三回失敗した。その度に、住んで いる家が大きくなった。連帯保証で何もかもむしり取られてしまう日本との違い。失敗が成長へのきかっけになる文化の輝き。

すす(9)ジョブズ氏は、アップルを追い出された後も、NEXTを創業し、ピクサーで『トイ・ストーリー』を作り、別のかたちの夢を追い続けることができ た。それがあってのアップル回帰。一人のヴィジョナリーの夢を支援し続けたカリフォルニアの人たちに、スタンディング・オベーション。

※ ここに掲載している内容は茂木健一郎さん(@kenichiromogi)のTwitterからの転載です。

2011年10月11日火曜日

「狂っているという言葉が、ほめ言葉になるような、そんな世界が素晴らしい」ことについての連続ツイート

くほ(1)イギリスに留学中、たまたま手にした一冊の本。それが、Steven LevyのInsanely Greatだった。Steve Jobsと仲間たちが、Macintoshをどのようにして作ったかという話。この一冊で、ぼくのコンピュータに関する概念が変わった。

くほ(2)Insanely Great(狂っているほど凄い)というのは、 Macintosh開発中に、ジョブズ氏が口癖のように言っていたこと。少々良い、というのではない。ワーって狂っているほど凄い、そんなものを作ろうぜ とジョブズ氏は周囲にハッパをかけていたのである。

くほ(3)天才と狂気は紙一重である。なぜなら、創造とは、つまりは脳の動的バランスを崩しつつ運動する行為であるから。既成観念を踏み破るということは、「ルール」や「正解」を無視するということ。常識人から見れば、「狂っている」ということになりかねない。

くほ(4)ライト兄弟が初飛行に成功する数年前、ある物理学者は、人力飛行が不可能であることを「証明」する論文を書いたという。実際に飛んでも、誰も信じず、しばらくして「本当に飛んでいるらしい」という噂が広がって、ようやく地元紙が記事にした。

くほ(5)ファラデーは、電磁気の実験をしている時に、見学者の貴族に、「おもしろいね。でも、これが何の役に立つのかね?」と言われた。今の家電製品の全盛を見たら貴族は何と言うだろう。ヴィジョナリーは、常識から見れば、狂っているように見えるものである。

くほ(6)That's insane! お前、それ、狂っているよ。それがほめ言葉になるような社会、ないしはコミュニティ。創造性を育むのは、そんな環境。常識から外れるとバッシングされたり、冷たい目で見られるような環境では、なかな天才の芽は育たない。

くほ(7)ジョブズ氏が、Macintoshを仲間たちと作っていた、その現場に身を置いてみよう。美しいフォントがのり、GUIで直観的な操作が可能 で、コンピュータが喋り、文字と図形が一つにつながるような、そんなコンピュータ。「狂っているほど凄い」、未来のコンピュータ。

くほ(8)「狂っているほど凄い」ものだけが、世界を変えてきた。これからも、「狂っているほど凄い」ものが、私たちの世界を変えていくだろう。常識人か ら、「お前は狂っている」と言われることは、一つの勲章だ。自分の中に揺るぎないロジックがあれば、気にすることなどない。

くほ(9)1984年。ジョブズ氏が、ついに完成したMacintoshを立ち上げる。画面に、Insanely Great! (狂っているほど凄い!)という文字が現れる。ヴィジョンが現実化した瞬間。その時、すべての苦労は何百万倍の喜びとなって帰ってくる。

※ ここに掲載している内容は茂木健一郎さん(@kenichiromogi)のTwitterからの転載です。

2011年10月10日月曜日

「結ぶべき点と点は後からしかわからないのだから、とにかく好奇心に従っていろいろやってみるのが良い」ことについての連続ツイート

てと(1)スティーヴ・ジョブズ氏の、今や伝説となったスタンフォード大学卒業式のスピーチにおいて、ジョブズ氏は創造性の秘密について、重大なことを言われている。すなわち、「点と点を結ぶこと」(connecting the dots)について。

てと(2)ジョブズ氏は、養父母が豊かではなかったがために、学費の高かった大学を中退した。そのあともふらふらして、授業をいくつか取っていた。そのうちの一つに、「カリグラフィー」(西洋で、書道に当たるもの。ただし、ペンを使う)があった。

てと(3)文字を美しく書くことが、コンピュータの開発と結びつくとは、普通は思わない。しかし、ジョブズ氏がカリグラフィーを履修したことが、後に、 マッキントッシュにおいて、さまざまな美しいフォントを整備したり、文字の間のスペースを調整できたりといった特長へとつながっていった。

てと(5)「ハングリーであれ、愚かであれ」(Stay hungry stay foolish)という言葉で結ばれたスタンフォード大学スピーチ。「愚かであれ」は、結ばれるべき「点」と「点」は、後でしかわからないのだから、好奇 心に従ってさまざまなことを経験しよう、ということ。

てと(6)普通、一人のひとが経験しないような「点」と「点」を持っている人が、常識では思いつかない「創造性」を発揮できる。そのためには、好奇心にあ ふれていて、おっちょこちょいで、やたらと動き回る、そんな人になるしかない。世界の中に散らばっている「点」の間を疾走するのだ。

てと(7)「点」と「点」を結びつけることは、別の言い方をすれば、「過去」を育てること。自分がかつて経験したことの中には、今の自分に役に立つ原石、道具がきっとある。だから、時々人生を振り返って、過去に栄養を与え、育てていくことが創造性へとつながっていく。

てと(8)私に関して言えば、小さなことだけど、講演などの時、子どもの頃祖父や父に連れられて寄席に通った経験がとても役に立っている。落語家の方の間の取り方や、漫才師の方の場の掴み方とか。役に立つなんて、思ってなかった。気付いたのは、ずっとあとのことだった。

てと(9)教育が、即戦力だとか、社会への適応など、短絡的な効用で語られがちな昨今、ジョブズ氏の「点と点を結ぶ」は大切なメッセージ。何の役に立つか わからないからこそ、教育は意味がある。すぐに役立つ教育は、創造性から遠い。結びつけるべき「点」と「点」がそこにはないから。

※ ここに掲載している内容は茂木健一郎さん(@kenichiromogi)のTwitterからの転載です。

2011年10月9日日曜日

「本当の芸術家は、出荷する」ことについての連続ツイート

ほし(1)1984年の、初代Macintoshの発表会場のビデオを見ていると、スティーヴ・ジョブズがいかに魅力的な人だったかということが改めて伝 わってくる。Macintoshが、「ぼくの父親、ステーヴ・ジョブズを紹介します」としゃべった時の、彼の笑顔。たまらない。

ほし(2)スティーヴ・ジョブズの人間的磁力を伝える言葉として、「現実変容空間」(reality distortion zone)がある。その周囲にいると、現実が変容して見える。それくらいの人間的な魅力が、ジョブズ氏にはあったということ。その人柄自体が一つの作品 だった。

ほし(3)しかし、私たちの圧倒的多数にとっては、「ジョブズ氏」の存在を感じるきっかけは、数々のアップル製品だった。Macintosh, Macbook, iMac, iPhone, iPad。これらの製品は、ステーヴ・ジョブズという人の世界観、感性、美意識を反映していた。

ほし(4)Appleで、初代Macintoshの開発が進んでいた頃、ジョブズ氏が社内でしきりに言っていたと伝えられる言葉がある。「Real Artists Ship」(本当の芸術家は、出荷する)。ついつい開発が遅れ、予定日がずれそうになった時、ジョブズ氏はそう言って励ました。

ほし(5)「Real Artists Ship」(本当の芸術家は、出荷する)。どんなに素晴らしい考えがあっても、感性がすぐれていても、美意識が深くても、それが形になって世の中に出てい かなければ、伝わらない。だから、何としても、ブツを作って、出荷しなければならない。

ほし(6)夢や野望に満ちた若者が、自分自身に言い聞かすべき言葉は、たった一つ。「Real Artists Ship」(本当の芸術家は、出荷する)。いいわけは要らない。説明も要らない。ただ、ブツを出せばいい。そうすれば、その中に、必ずその人の人格は込め られている。

ほし(7)出荷するということは、夢が自分から離れて一人歩きをするということ。いちいち、人々の間を回って、「これはこういう意味なのです」と説明することはできない。自分が出荷した「ブツ」自体にしゃべらせるしかない。それが、本当の芸術家。

ほし(8)出荷することで、自分自身も自由になれる。その作品から、離れることができる。抱え込んでいると、いつまでも囚われてしまう。だから、出荷して、自由になって、また次の場所に行けばいい。出荷することで自分もまた旅を続けることができるのだ。

ほし(9)「Real Artists Ship」(本当の芸術家は、出荷する)。スティーヴ・ジョブズが、初代マッキントッシュの開発の段階で、この言葉を口にしていた。アップルが成功した秘 密、大切な鍵。抱え込んではいけない。言い訳をしてはいけない。本当の芸術家は、出荷する。

※ ここに掲載している内容は茂木健一郎さん(@kenichiromogi)のTwitterからの転載です。

2011年10月8日土曜日

「信念をつらぬくことが、結果として、その時の常識と異なる生き方につながることがある」ことについての連続ツイート

しこ(1)ジョブズがアップルに復帰した直後の1997年に放映されたThink Differentのコマーシャルは、1984年のコーマーシャルに匹敵する、衝撃と感動を与えた。その後のアップルの復活、躍進を象徴する映像だった。

しこ(2)アインシュタイン、エジソン、ジョン・レノン、ピカソなど、「既成の枠に当てはまらない」人物たちをとりあげ、彼ら反逆児こそが、世界を変えるのだと強く歌いあげたCMは、アップルという会社、そしてジョブズがどんな存在なのかを雄弁に語っていた。

しこ(3)ここで肝心なのは、Think Differentということの意味である。「私は他人と違う」と言う人が時々いるが、その人の響きが、取りたてた印象を与えないこともある。個性があるのだから、違うのは当たり前。Think Differentには、それ以上のメッセージがある。

しこ(4)違っていることに意味があるのではない。自分のヴィジョン、信念があることに意味があるのである。それが、たまたま、その時々の世間の常識や、 既成観念と一致しない。結果として、Think differentになる。「異なる」ことは目的ではなく、結果なのだ。

しこ(5)Think Differentのコマーシャルに登場した人には、すべて強い信念があった。彼たち/彼女たちにとっては、それが真実だったのである。「陽明学」の精神 で幕末を貫いた吉田松陰のように、成功が保証されてなくても自分を貫くだけの、熱いパッションがあったのだ。

しこ(6)「多様性」が称揚される現代。人と違うことはもちろん結構だけれども、「違う」こと自体が目的なのではなく、世間とたとえ違っていても、それに寄り添い、貫き、時には心中できるくらいのかけがえのないヴィジョンに出会うこと、そのことが一番大切なのである。

しこ(7)自分が出会ったヴィジョンがたまたま世間の現状と異なったものであった場合、行動すれば当然風当たりが強くなる。その時にやめてしまったら、 Think Differentにならない。同調圧力に屈するのは楽だが、それでは、自分を貫くことも、世界を変えることもできない。

しこ(8)Apple、そしてSteve Jobsが、1997年の段階で、Think Differentのようなコマーシャルを放映することができたこと。その時の客観的な状況がどうであれ、彼らには、幕末の志士のように、決して揺るぐこ とのない信念があった。だから、実際に世界を変えた。

しこ(9)ジョブズには、その時々の環境が何であれ、自分が見たヴィジョンを貫く強さがあった。残された私たちは、それぞれのThink Differentを生きればいい。異なることが目的なのではない。自分の信じるヴィジョンに寄り添って、逆風の中に立って進み続けることが大切なのだ。

※ ここに掲載している内容は茂木健一郎さん(@kenichiromogi)のTwitterからの転載です。

2011年10月7日金曜日

「コンピュータ・オタクたちよ、経験も計算の一部分なんだよ」、もしくは「マック信者たちは、ずっと<こけ>にされてきた」ことについての連続ツイート

こけ(1)最初はMS-DOSのラインコマンドだった。How many files? から始まって。それが、最初にマックを見たときに、衝撃が走った。今までのコンピュータは、何だったんだろう? 以来、ずっと一つのことが 気になっている。「計算とは何か」ということ。

こけ(2)チューリング・マシンのモデルができて、フォン・ノイマンが原型を作って、コンピュータがスタートする。それは、アルゴリズムのこと。しかし、 現実はアルゴリズムとイコールではない。この簡単な真実が、案外、世間では理解されない。だから、マックは少数派に留まった。

こけ(3)GUIだって、ラインコマンドだって、やれることは同じでしょ。後者の方が、何をやっているか見えていいでしょ。コンピュータ・オタクたちはよ く言っていた。確かに、マッピングはできる。しかし、計算的には等価ではない。なぜなら、それは、時空の中で展開されるものだから。

こけ(4)「計算」という概念が、狭すぎるのである。コンピュータという存在が、どのように私たちの脳の感覚、認知の回路に働きかけるか。感覚と運動の連 関を通して、さまざまなクオリア、情動を引き起こすか。それは、「気のせい」や「趣味」のことなんかじゃなくって、「計算」なんだってば!

こけ(5)マック・ユーザーを、「こけ」にするコンピュータ・オタクたちがずっといた。いいよ、Linux使っても何やってても。でも、そういうチューリ ング・マシンの枠内で理解できる「計算」と、異なる「計算」が、この世界にはあるんだって。なんでそのことが理解できないかな!

こけ(6)iPadが出てとき、まるで遊んでいるように情報を扱えるようになった。3歳の子どもでも遊べる。キーボードからラインコマンドを打つコンピュータと、それは、アルゴリズムでは等価かもしれない。しかし、「経験の質」という「計算」においては、全く違うんだ!

こけ(7)OSで、アイコンをどのように配置するか。ハードウェアの曲線や、手触り、立ち上がりの時の音楽。ジョブズがやってきたことは、「趣味」の問題 じゃなくて、人間の感性における、ハードコアな「計算」なんだ。それを、「マック信者」だとか言って、「こけ」にしてきたんだよね。

こけ(8)Googleは、ユーザーが要求した情報以外には提示しない、という哲学で一つの「経験」を提供した。一方、世間には、要求もしないのに余計なことをするソフトがあふれている。それは、「経験」という「計算」の領域において、やってはいけないことなんだよ!

こけ(9)結局、ジョブズは、単なるアルゴリズムの箱という意味合いを超えた「計算」の領域を、コンピュータにずっと見て来た人だった。趣味や感性の問題 じゃないんだ。そこには、緻密な計算のロジックがあるんだ。そのことを感じた人がアップルを支持した。ジョブズは、計算の未来だった。

※ ここに掲載している内容は茂木健一郎さん(@kenichiromogi)のTwitterからの転載です。

2011年10月6日木曜日

Steve Jobs forever

日本時間10月6日、Appleの創業者であるSteve Jobsが亡くなった。
10月4日にはiPhone 4Sが発表されたばかりである。

昨晩、何となくiPhone 4SのSは何を意味するのだろうかと考えていた。
そして今日の訃報と同時に4SはiPhone for Steveの意味ではないかとツイートがあった。
それが本当かどうは定かではないが、きっとそうだろうと思えた。
それでもう胸はいっぱいになった。
涙が出そうになったが、仕事場だったのでぐっと我慢した。

AppleはiPhone 5をあえて出さなかったのではないかという噂も流れたが、それも事実ではないかと思った。
iPhone 4Sは事実上iPhone 5だったのではないだろうか。
それをマイナーバージョンアップと見られたとしても、市場が、そしてユーザががっかりしてもJobsのために4Sとしてリリースしたのではないだろうか。

もしそれが事実だとしたら、Appleという会社は本当にすばらしい。
日本でそのようなことができる会社はあるだろうか?おそらくないだろう。
そもそも会社という組織でこれだけ愛されるCEOなんてまずいない。
株価がどうだとか、売上がどうだとか、そんなことだけしか考えられない人はJobsのように愛されることなどないだろう。
彼はコンピューティングの未来を創造し続け、人々の生活スタイルをも変えた。

彼は偉大な人だった。
しかし我々は彼がいなくなったことを悲しんでいるだけではいけない。
未来を創造し続けなければならないからだ。